2016/03

2016/03/28


つい先日の話。


久々にキレた。

いや、より正確に言うなら、

キレる寸前まで行った。


妻が言う。

「あー、ダメじゃん。」

娘が

「どうしたの?」

と状況がつかめていない様子。

2人とも他人事のようだ。



それでも、その時が近づいている。

ジリジリと着実に……。
刻一刻と……。 


もう、いつキレてもおかしくない

状況だった。


何とかしようと手を尽くしたが、

ダメだった。

あー、このままではダメだ。

キレるのは時間の問題だ。


私はこれでも気が長い方だが、
我慢にも限度がある。




私はおもむろに、

部屋着から外出用に着替え、

例の場所に向かった。


買い物客が平穏に行き来している。


私は脇目も振らずに目的の場所に、

何の迷いもなしに向かう。




ところが、そこには予想外の事が。




LED蛍光灯は、普通のものより

10倍以上もするではないか。

Amazon のものより遥かに高い。


悩んだ末、普通のものを2本購入。


帰宅後、キレかかった蛍光灯を

新しいものと交換した。


これで無事、日常を取り戻した。




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2016/03/26


「AI」といっても

隣のクラスの愛ちゃんでも、

シンガーのAIでもありませんよ。


「人工知能」のことです。

繰り返します。

人工知能も統合失調症になるのか? 

という疑問なんです。



人工知能について詳しい訳では

ありませんが、


グーグルの開発した人工知能が

碁のプロに勝利したニュースとか

ありましたよね。


他にも、人工知能が描いた絵が

ネットにアップされていたり、


私たちの身の周りでも、


自動運転車が開発されたり、


ソフトバンクがペッパーだけで

店員の代わりをさせたり、


話題に事欠きませんね。



AlphaGo(碁の人工知能)に

話を戻すと、

かつて IBM のAI が

チェスで人間に勝った時点で、

囲碁で勝利するには何十年もかかる

と言われていました。


が、いまやディープラーニングを

身につけ、自ら学習するように

至りました。

果して囲碁での勝利を実現しました。



最近ではシンギュラリティ

(技術的特異点)

という言葉も聞かれるように

なりました。

詳しくは他に譲りますが……。




そういう人工知能が

統合失調症になることがあるのか、


というのが私に降って湧いた

素朴な疑問なのです。



人工知能が生活に浸透して、

例えば、ガキんちょに、

「あの娘とエッチして、

子供つくってみろよ」とか、

「犬のウンコ食え」など

不可能なことを言われたり、

(「あなたは出来ますか?」

とか返ってくるのかなぁ。)


あるいは、イジメに遭っているのに

そうとは解釈できずに、

分裂状態になることはないのか?


そして、遂には妄想を抱くことだって

あるかも知れません。


夢を見るくらいだから、

幻聴だって聞こえるかも知れません。




ただ、問題は、

そういう状態(妄想・幻聴)に

人工知能が陥っている事を

人間に判別(診断)できるのか? 

ということです。


あるいは、バグだとか不具合だと

片付けてしまうかも知れません。



もっとも、人工知能が

妄想や幻聴を経験していたとしても、

厳密には(脳生理学的には)

人間の場合と異なる

のかも知れません。


人間の場合には、

脳内伝達物質でよく知られた、

ドーパミンやセロトニンが

統合失調症に関与しているからです。



さすがに発達した人工知能でも、

脳内伝達物質までは、

人間に追いつかないと思います。



しかし、

人間の脳内もコンピュータ内部も

つまりは、

電気信号のやり取りですから、

なんとも断言しかねます。




ん~ん、考えだしたら

今夜も眠れない……




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2016/03/23


他人(ひと)から見たら、

私のことをどう思うでしょう。


五体満足なのに仕事もしないで……


そう見られても仕方ありません。

ギプスをしている訳でも、

松葉杖を使っている訳でも

ないのですから。


この手の病気(統合失調症に限らず

精神疾患全般)に言えることですが、

一見して判別できないのが厄介です。



外傷なら、かさぶたが自然に剥がれた

ことで、治癒したと判断できます。


骨折なら、骨が繋がったことで、

治癒したと見られます。




幻聴や関係妄想がなくなったから

といって、傍からは前後の違いは

判りにくいでしょう。


うつの人を見て、

周囲の人の目には怠け者と

映るかもしれません。

あるいは気力が弱いと。



統合失調症は、

脳内伝達物質の不具合によるもの

なので、外見から判らないばかりか

本人にすら脳内のことは判りません。



例えば、

今落ち込んでいる原因は、

曇天でセロトニンの分泌が少ない

からだろう、と知識と経験を頼りに

漠然と思うのが精一杯です。

(「154 病のしくみと食事」)



逆に言えば、

普通の職場にいる、

ちょっと困った人の中にも

精神科医の診断が必要な人が

いることでしょう。


しかも、立派な病名がつくかも

知れません。


むしろ、病気でないから

帰っていいですよ、

と追い返される人の方が少ない

のではないでしょうか?


自然に反した生き方を

強いられる現代社会では、

どこかしら異常を来すのは

不可避かもしれません。




ノルウェイの森 』(上)に

次のような記述があります。


P.181-182

……変な話だけれど、ゲームをしながらまわりを見ていると誰も彼も同じくらい歪んでいるように見えちゃうのです。

 ある日私の担当医にそのことを言うと、君の感じていることはある意味では正しいのだと言われました。彼は私たちがここにいるのはその歪みを矯正するためではなく、その歪みに馴れるためなのだといいます。私たちの問題点のひとつはその歪みを認めて受けいれることができないというところにあるのだ、と。人間一人ひとりが歩き方にくせがあるように、感じ方や物の見方にもくせはあるし、それはなおそうと思っても急になおせるものではないし、無理になおそうとすると他のところがおかしくなってしまうことになるんだそうです。(中略)ここにいる限り私たちは他人を苦しめなくてすむし、他人から苦しめられなくてすみます。何故なら私たちはみんな自分たちが『歪んでいる』ことを知っているからです。そこが外部世界とはまったく違っているところです。外の世界では多くの人は自分の歪みを意識せずに暮しています。でも私たちのこの小さな世界では歪みこそが前提条件なのです。……



また『同上』(下)では、


P.6-7

「患者とスタッフを全部入れかえてもいいくらいですね」と僕は感心して言った。

「まったくそのとおり」とレイコさんはフォークをひらひらと振りながら言った。「あなたもだんだん世の中のしくみがわかってきたみたいじゃない」

「みたいですね」と僕は言った。

「私たちがまともな点は」とレイコさんは言った。「自分たちがまともじゃないってわかっていることよね」




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2016/03/22


退院した後の自宅療養中の

今でも鬱状態になることが

時々あります。


何もする気が起きず、

横になっていても、

次の行動に移さねば、と

わずかに焦る気持ちはあれど、

身体を動かすことができません。


そういう時にすることと言えば、

入院中に繰り返し聴いた音楽を

敢えてまた聴くことです。


当時の曲たちを聴いていると

入院中のことを

昨日のことのように思い出します。



なぜそうするのか?


それは、

今の自分を奮い立たせるため

です。




入院中の環境は、

現実社会の普通の生活に比べて

「ぬるま湯」かも知れません。


ですが、

弱った身体を回復させるために、

制限が多く限られた状況の中で

何が出来るかを考えた上で

行動していました。


当時はスマホが発明される前で、

ガラケーは持ち込み禁止。

外出許可がおりた場合を除き、

外界を知るすべは新聞やTVのみ。


あとは院内で、

他の患者さんたちと接するか

看護師さんをつかまえて話をするか、

あるいは一人で出来ることは、

勉強や読書をするか iPod を聴くこと

くらいしかないのです。


仮に健常者が

同じ環境に入れられたら、退屈過ぎて

恐らく1週間ともたずに

逃げ出したくなるでしょう。



まずは与えられた環境を受け入れる。

その中で、何が出来るのかを考える。

私は自宅に積ん読になっていた本を

読む好機と考え、

家族との面会の度に受け取った本を

iPod を聴きながら読んだものです。


そして時には、他の患者さんと

おしゃべりやゲームに興じて、

コミュニケーション力が衰えぬように

接するようにしていました。



それでも抑うつ状態の時には

やはり iPod を静かに聴きながら、

考え事をしたり、

あるいは何も考えず、

気分が晴れるのを待ちました。


そして再び、

自分を律する入院生活に戻るのです。

日々それを繰り返して、

次第に回復していくのです。




当時の曲を聴くと、

そういう入院生活を思い出します。

そうすることで、

今の落ち込んだ気分を

奮い立たせる訳です。

あの時できたんだから、

今できない訳はない、と。


そして思うのです。

いかに今の生活が恵まれているか。


ただし、他人と接する刺激は

入院中の方があったのですが……。



なお、余談になりますが、

過去を思い出すことは

右脳に良いとされています。


日記をつけると

認知症の予防になるとも。


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2016/03/21


統合失調症の症状というのは、

これまでにも触れましたので、

すでにご存知のように

様々なものがあります。



私が今までに体験したものでも、

幻覚や妄想などの陽性症状や、

鬱に代表される陰性症状、

さらには精神活動(記憶・思考等)

の低下が見られる認知機能障害

があります。

(「021 統合失調症の経過」)



どの過程における症状のいずれも、

患者本人にとっては堪え難いほど

辛いものです。


それら症状のうち、ここでは

陽性症状について振り返ります。



きっかけは自分の思い込みから

始まりましたが、次第に疑念を

抱き疑心暗鬼になり、確信へと

変ります。


見るもの聞くもの全てに対して

疑いを持ち、裏社会へ通じていると、

さらに自分の命が狙われていると

信じるようになりました。



外出中だけでなく、

帰宅後も家族を疑い、

盗聴器や隠しカメラに

怯えました。



あらゆるものに対して敏感になり、

神経が張りつめていました。


時には人の考えが読めるように

なるばかりでなく、

鳥の声が私を祝福し、

物音が私に囁きかけ、

天気が変ると何かの前触れと感じ、

天からの声が聞こえるようになる

といったように、


森羅万象に意味を感じ取るように

なりました。


感覚が研ぎすまされている

気がしたものです。



投薬・入院を経て、

陽性症状がなくなると、

それと同時に

研ぎすまされた感覚も

消えて失っていました。


それまで、

世界は神によって一分の隙もなく

築かれているものと

感じられたものが、

実は、

無駄や「遊び」の多い世界だと

感じるようになったのです。



あれだけ鋭敏な感覚が

鈍ったように感じたのは

くすりにより眠らされている

のだと思っています。


それと引き換えに

へとへとだった心身は

回復へと向かいました。


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