2016/09

2016/09/30


保健所から健診結果が届きました。

受診したのが6月上旬でしたので、

3ヶ月以上経過しています。

 

受診時より体重は1.5kg減少して

います。

 

健診結果はすでに受診医療機関から

頂いていますし、先生からのお話でも

特に厳しく言われた所はありません。

 

結果については、もはや頭の隅から

消えかかっていました。

 

 

で、届いた結果を改めて見てみると、

異常値が3つ増えているのです。

医療機関の結果表よりも、基準値が

厳しくなっていたのです。

 

そのため特定保健指導の案内が同封

されており、私は積極的支援対象と

なっていたのです。

 

以下がその案内です。

健診結果01


 

以前、指導を受けたことがあります

ので、内容は分かっています。

6ヶ月という長丁場ですので、

ためらってしまいます。

今回はパスしようかなぁ。

 

そして、上の案内の裏面が以下です。

「健康の秘訣は、うけること。」

 

そりゃごもっとも。

このおっちゃん、

めっちゃウケてるやん。

 

健診結果02



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2016/09/29


統合失調症を発症してかれこれ

20年以上になります。

 

そして、統失に関するブログを始めて

約2年になります。

 

ブログを始めて、つまりアウトプット

してから気づいたことは、

 

年々自分が空っぽになっていくこと

 

です。

 

 

身も蓋もないですが、アウトプット

するものがなくなってくるのです。

 

 

このままいくと、次第に認知症になり

やがては廃人になるのではないか

という不安でいっぱいになります。

 

 

 

比べるのは、僭越ですが、

「こち亀」は連載40年続け、ギネス

にも登録されたとのこと。

 

質を保ちながら、量をこなすのが

いかに大変なことか、アウトプットを

続けるものにしか、分からないと

思います。

 

 

もう一方では、あの手塚治虫先生は、

あれだけ名作を量産しながら、

晩年でもアイデアが次から次に出て

書くのが追いつかない、と仰って

いました。インプットの方は、

いつしているのかと驚くばかりです。

 

 

 

片や私の方は、度々投稿をお休みして

いわば開店休業状態です。

 

そんな私は、10年前に統失の治療とは

別にカウンセリングを受けてました。

 

当時、幻聴と関係妄想が酷かった頃で

次から次に、疑問や発想が溢れ出て

いました。

 

カウンセリングの事前に相談内容と

してまとめたメモが残っています。

 

・政治、経済、環境異変、芸術、学問

、エンターテイメント(芸能)の裏表

、制度、法律、国家、国際関係、貧富

の格差、人種差別……などの因果関係

 

・宇宙の始まりと終わり

 

・宗教、神とヒトの関係

 

・メディア(媒体)と情報伝達の関連

 

・IT技術の役割(社会的責任)

 

・輪廻転生、今生と来世、歴史は繰り

返すのか?

 

などなど、合計40項目近くを10分で

まとめました。

関係妄想のために全て自分に関わる

ものとして考えていました。

 

 

カウンセリングの時間内で全て話し

合える訳は当然なく、2~3つについて

を取り上げました。

 

カンセラーにどれだけ考えが伝わった

かは疑問ですが、帰り際に意味深な

言葉を残して去って行きました。

 

「一家心中など絶対に考えないで

下さい。そしてこのことは誰にも言わ

ないで下さいね。私も誰にも言いませ

んので。」と言って手を差し出し握手

を求めてきました。

 

なぜ「一家心中」という言葉を

使ったのかわかりませんでしたが、

当時の私は、相当混乱していたのだと

思います。






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2016/09/22


今日、ことばに関するニュースが

入ってきて頭に残っているので、

投稿することにしました。

 

統合失調症とは無関係ですみません。

 

 

そのニュースというのは、

いわゆる「ら抜き」ことばが、

本来の「られる」「られた」を使う人

を上回ったというものです。

 

調査によると、「見れた」「出れる」

が「見られた」「出られる」より

多くの人が使っているという事です。

 

その他、「確信犯」「琴線に触れる」

など慣用句の理解度が低かった事が

興味深かったです。

 

 

ことばはいきものなのだから、

変化していくものだ、とよく言われ

ます。

 

「ら抜き」ことばについては、

「ら」を省くことで時間・語数を

節約しており、ことばとはそういう

方向にはたらくものだ、と肯定的な人

もいます。

 

また、メディアで発言する著名人でも

「的を射る」「的を射た表現」などを

「的を得る」「的を得た表現」などと

言う向きもあります。

 

私は否定する者ではありませんが、

違和感を感じる時もあります。

本来の使用法がどうであれ、

現状で多数派が使うものが流通して

いくものだと思っています。

 

私の感覚を時代の変化に適応させて

いかなくてはならないのでしょう。

 

「新しい」ということばは本来、

「あらたしい」だったといいます。

今は「あたらしい」が当たり前です。

 

ご存じでしたか?

 

「あらたしい」という本来の言い方を

現在している方はいないと思います。

 

 

 

私の父が生前、「懐」のことを

「ふとろこ」と、よく言い間違えて

いたのを思い出しました。

 

同様に言う人がいないので、

これは単なる個人的な言い間違い

だったのでしょう。






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2016/09/19


引きこもり始めたのは、早期退職して

からだから、かれこれ5年余りか。

 

最初の内は過重なストレスからの解放

感が将来の不安に勝って安堵した。

 

次第にネットで済むものは、

極力ネットで済ませるようになった。

 

他人とのコミュニケーションは、

医者や役所関係の人たちに限られた。

 

最近では、暇を持て余すというより、

暇を暇とも感じなくなってきた。

何か行動に移さねばという気持ちと

何にもしたくないという気持ちの狭間

で揺れ動いている。

 

 

そんな今日この頃、気づいた事が。

 

なんと人相が変わってきたような

気がするのである。

 

「男は40歳を過ぎたら自分の顔に

責任を持て」と言ったのはリンカーン

であることは有名だが、今の私は

無精髭だけでなく、目の下にクマが。

 


また、ココ・シャネルは言っている。

「20歳の顔は自然から授かったもの。

30歳の顔は自分の生き様。

だけど、50歳の顔には、

あなたの価値がにじみ出る。」と。

私の顔には、クマがにじみ出ている。

 

 

妻にそれを確認してもらうと、

目の下のたるみでないか? という。

 

無精髭は3~4日ごとにさっぱりする

が、クマ(或いは、たるみ)は

すぐにはどうにもならない。

 

私はこれを、外出することなく太陽を

浴びていない弊害ではないか? 

と思っている。

 

 

では、明日からでも外に出よう! と

思っても、ろくな靴がない。

新しい靴を買って外へ出よう、と思う

が、靴屋に履いて行くまともな靴が

ないのだ! 

まるで、新しい服を買いに行くのに

着ていく服がない、と悩む女性に

似ている。

 

こう見えて私は人前では

A(C)(ええかっこしぃー)←死語ww

なので、それなりの格好で出掛けたい

と思っている。

 

ちなみに部屋では、

Tシャツにステテコという風情です。





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2016/09/16


精神神経科の診察に行ってきた。

 

歯科医から免疫力が落ちていると

言われた旨を話すと、

「では、体力のつくクスリを

出しましょうか?」と問われ、

「そんなクスリがあるんですか?」

と問いで返してしまった。

(内心、バイアグラや危険なクスリ

ではないか? と不安になる)

 

「漢方ですよ。」と言われ、一安心。

「それならお願いします。」

 

朝昼夕の食前に服用する事になった。

 

帰宅してよく見ると「人参養栄湯」と

いう薬で、病後や手術後の体力低下

などを改善する漢方薬だそう。

 

なるほど。

 

 

今や、どんな症状にでもそれに対する

クスリがあるんだなぁ。

 

こうして、薬漬けの老人になっていく

のかなぁ。

 

などと想像してみる。

 

なんかあまり嬉しくない将来だが。

 

そしてその行く先には、何としても

生き延びるという、延命治療がある。

 

私個人としては延命治療は望まない。

妻や娘がどう思うかは知らないが、

ベッドで横になったまま生かされる

のはゴメンだ。

 

 

 

歯の炎症物質から飛躍したようだが、

話はまだ続く。

 

 

健康な身体に有害な炎症物質はどこへ

向かおうとしているのか? 

 

炎症物質をがん細胞に置き換えても

いい。がん細胞はヒトを宿主として

勢力を広げようとするが、どこへ

向かおうとしているのか? 

 

というのは、宿主が死んでしまえば、

自分たち(がん細胞)も無くなって

しまうのだから。

 

がんの繁栄の行く先は滅亡なのだ。

 

生きとし生けるものの宿命として、

生まれた瞬間から皆死に向かって

生きている、という意味では同じかも

知れない。

 

が、私は自分の寿命を縮めるがんと

共生する境地にはまだ達していない。

 

がんをたたいて無くしてしまいたいと

思うだろう。

 

 

こうして考えてくると、健康体を宿主

として拡大する病巣の存在は、人類

にも当てはまるような気がしてくる。

 

地球を宿主として生きる細胞としての

人類に。

 

テロリストや核弾頭を持ちたがる国が

人類にとって言わば「がん」のような

存在だと言える。

 

 

今回は、「体力のつく薬」から人類

に至るまで駆け足で考えてみました。


最後までお読み頂きありがとう。

ではまた次回。





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