入浴中のことだった。
いつものように洗顔した後、頭髪を洗って流し終わった。
そして身体を洗い始めた時、それは始まった。
何か奇妙な物音が発せられたのだ。
「キュルキュル」とも「チュルチュル」ともつかぬ音とともに、「シューシュー」というような空気の漏れる音だった。
その日、外は強風雨で家族は外出していた。
静かな浴室で上記の物音がした時、最初は外との気圧の差が原因で排水溝が鳴っているものと思っていた。
身体を洗い進めていると、再び「キュルキュル」「チュルチュル」「シューシュー」の音がする。
違う。排水溝じゃない。 近距離からの音だが上方から聞こえてくる。
身体を洗う手を止め、状況を把握しようと努める。
「キュルキュル」「チュルチュル」「シューシュー」。
音の出所を透視するかのように沈黙を保つ。
冬に給湯器を新型のエコジョーズに交換してから、再燃焼時に利用されたドレンが、浴槽の排水溝へ排水される仕組みに変わったため、時折排水される音がすることは今までにもあった。
しかし、今回の音はそれとは異質のものだし、何しろ排水溝からでなく天井裏から聞こえてきたのだ。
では幻聴か?
確かに幻聴が起きた時には、幻聴という自覚はない。後から振り返って幻聴だったのだと理解する。
しかし、幻聴の時は音(声)の出所が曖昧で、時にはすぐ耳元だったり、頭の中から聞こえてくるものだった。しかも、なんらかの意味を持っていた。今回は意味不明の物音だし、天井裏からとわかる。
「キュルキュル」「チュルチュル」「シューシュー」。
何か小動物が会話しているようにも聞こえてきた。
ネズミ!?
そう思い至ると、鳥肌が立ってきた。
「キュルキュル」「チュルチュル」「シューシュー」。
こんなに至近距離でしかもこちらは素っ裸と無防備だ。
でも流石に密閉度の高いマンションであるだけに、浴室にネズミが顔を出す隙間は幸いにして存在しない。
天井を一度だけコツンと叩いてみる。ーー沈黙。
反応がないので再び身体を洗い始める。
街に住むネズミは文字通り命がけだ。
かつてニュースでやっていたのは、都会のオフィスビルの中にネズミが住み着き、ケーブル類をかじって断線させ、人間活動に被害が出ている、というものだ。
或いは、地下鉄のホームに立っていると、線路付近に姿を現しちょこまか動いているのをたまに目撃することがある。
果たして、マンションにもネズミが住み着くことがあるのだろうか?
だとすれば、どこから入ったのか?
エレベータのドアの隙間から入り込み、ケーブルを伝って……?
餌はどうしてるんだろう? 人間のいない時間帯に部屋に現れるのだろうか? それとも共喰い?
考えれば考えるほど、気持ち悪くなってきた。
そそくさと身体を洗い流し浴室を後にした。