随筆

2020/05/19


周囲の他人が気にならない人はいないと思います。日本人ならば……。


若い頃(学生時代くらいまで)は、あまり周りを気にせず我が道をゆく、だった私も、気になり出してついには統合失調症を発症してしまいました。

その経緯は、ブログの初期の記事(「002 妻との出会い」以降)に残しています。


周囲を気にして発狂したのは、納得のいかない出来事で自分を納得させるために、因果関係や理屈を組み立てていった結果、無理が生じて自身の精神の方を曲げた結果だと思っています。


発症以降、自分の体調やストレスにより目を向けるようになり、内省するようになりました。

たぶん健常者のままであったら、これほど内省してこなかったと思います。


そしてきっと、多くの統失患者またはこのブログの読者方も似たような(発症後、内省するようになる)経験をされてきていることでしょう。

病気のために社会からドロップアウトしてしまったことは不運でしたが、自身をよりよく見つめる機会を得たことは幸運でした。

もっと言えば、間違っていたのは自分ではなく(日本の)社会がおかしいのだと確信できたことも、このさきもっと生き延びたいという原動力になっています。


ただそう思えるようになるまで、ずいぶんと長い年月を要してしまいましたが、このコロナ禍でほとんどの国民が社会がおかしいと気づいたんじゃないでしょうか。



何十年も前から、この社会(国)の危機について警告を発していた人がいます。

社会学者の宮台真司(61:投稿時点)氏です。

TV、ラジオからおもにネットに活動の重心を移しています。

 


神保哲夫とのニュース解説や、最近はダースレイダー (東大出のラッパー)との対談などを行っています。もちろん著書も多数。


昨夜は、著書『音楽が聴けなくなる日』の出版を記念して「#100分de宮台 番外編」としてZoom座談会をライブで視聴しました。



ダースレイダー を司会役として共著の3人が、話し合います。

(宮台氏は30分ほどの遅刻をやらかしました。)


アーティストの薬物使用による逮捕・活動自粛の系譜を皮切りに、社会や文化の問題を掘り下げます。

話題は1980年代くらいから始まりますので、若い方は知らない話も出てくるかもしれませんが、それはそれで新鮮かと思います。


80年代は、警官であれタテマエとホンネを使い分けていた(つまり、ちょっとのワルサを見逃してくれた)ことを市民の方もわかっていた。

それが 90年代になると、「自粛警察」が跋扈し始めタテマエがすべてを支配するようになる。

クレイジークレイマーやモンスターペアレントが現れ、企業はビジネス的利益を優先して過剰な対応をする結果、クレイマーを増長させてしまう。この状況は海外に理解されないという。

企業は2ちゃんを、政府はヤフコメを通して声の大きな少数者(ラウドマイノリティ)を気にするが、コロナでみんながアクセスするようになると、ラウドマイノリティは本当のマイノリティ(単なる少数者)になってしまった。


そのほか最近の話題では、専門家会議やクラスター対策班などもとりあげ、専門家を盲信する日本人がいる一方、世界では専門家を疑え、が常識であること。

検察庁法改正案をアベが引っ込めたが、法務省としてはなんとしても通す方向に行くだろうとか。


ほんのさわりを紹介しましたが、ほかにも興味深い話がてんこ盛りです。

100分と言いながら大幅に超過したけど、まったく飽きませんでした。



話題に通底するのは、日本人は周り(他人)を気にしすぎるということ。

宮台氏はそれを「キョロ眼厨」と呼んでいます。

キョロ眼厨である原因は、信念がない、コアがないからだ、と断じます。



#100分de宮台 はシリーズ化されていますので、他の回も観てみては? 

きっと、統合失調症にも効き目があるかも。

少なくとも、自信が持てるようになるし、生きる活力が湧いてくると思います。


障害者であっても誇りを持って生きていこうではありませんか。

『音楽が聴けなくなる日』 




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2020/05/17


つい先日(5月14日)、政府は一部をのぞき緊急事態宣言を解除しましたね。

宣言を解かれたことで、自粛疲れしていた人々はさっそく街や行楽に出ていたようですが、TVのインタビューに答える街ゆく人や店主は、空気を読んで罪悪感を抱いていたり恐る恐るといった様子でした。


きっと多くの人が、まだ警戒心をゆるめていないと思います。

だってこの外出自粛の期間中、つまりコロナ対策すべき猶予のあいだ、政府は主要国に比べて大した手が打てていないことを多くの人が知っていますから。

もっと言えば、中国武漢での感染拡大を知った(少なくとも)1月以降、何も準備していなかったためにダイアモンド・プリンセス号でドタバタ劇を演じてしまったわけです。


ダイアモンド・プリンセス号の件のあとの対応はみなさんご存知のとおり。

アベは官僚の作文を読み上げるばかりで危機感も国民に対する想像力も皆無。

言うセリフは、大げさな形容詞や副詞(「世界に類を見ない」など)と「専門家会議の意見を参考に」という責任逃ればかり。その専門家会議は感染拡大のフェーズが移っても、あいかわらずクラスターの追跡に明け暮れるありさまです。


頑張っているのは、前線に立つ医師や看護師たちを筆頭に、インフラを支える人たちやその人たちをまた支える人たち。頭が下がるしいくら感謝してもしきれません。


政府は外出自粛のコントロールをしていれば、いずれコロナは終息するとでも思っているのでしょうか。


治療薬やワクチンの開発・承認を急がなければ、まちがいなく第2波、第3波……はきます。

しかもタイムリミットがあります。

医師たち・看護師たちの気力と生命が続いているあいだなのです。

私たちができることは、医療関係者に負担をかけないこと、つまりは感染を避けつつ祈ることくらいでしょうか。


そしてアフターコロナは来ないと思います。来るのはウィズコロナの世界です。

lockdown
 


ウィズコロナの世界が到来したら、社会は大きく変わると思いますが、個人的な生活は変わりません。

何しろこれまで10年近く自粛生活をしてきたわけですから。

一般的にはそれを「引きこもり」と言うらしいですが、私は時に「隠遁」と呼んできました。

今は人と接しないことが推奨されるので、むしろ堂々とそしてのびのびと自粛生活=引きこもり=隠遁生活 を送っています。




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2020/04/10


人の書いた原稿を読みあげ、ウソつき放題、そのウソのため人が死んでもその責任を取らない(森友問題)のに、年間2200万円に加え手当て2000万円が約束されている人はだあれ? 



アベ首相。



Twitterで「2200万円」と検索すればあふれるほど結果が出てくる。

Wikipediaで調べればさらに詳細を知ることができる。


 

国会議員の年間給与(歳費)は平均で2200万円であることがわかる。

それ以外にも、文書通信費が毎月100万円のほかさまざまな手当てを加えて、平均で4200万円なり。

米国、英国など抜き世界最高水準とされる。


手当てを除いても、議員の「平均」で2200万円なので、アベはそれをゆうに超えているはずだ。

笑いが止まらなくても無理はない。


国民がコロナで死のうが、閉鎖により無給で生活に苦しんでいようが、関係ない。

歳費はいつものように支払われる。

それはアベ自身が口にしている。

「この状況でも収入に影響しない」と。

どうりで危機感がないわけだ。




新型コロナが流行りだした頃、政府の対応があまりに遅いので、1月にはこれは大変なことになりそうだとイヤな予感がしていたが、その後の政府の愚策ぶりには開いた口がふさがらない。あ、それをふさぐためのアベノマスクだったのか。

特効薬?
 


前々から妄想していたのは、議員たちの間で新型コロナウィルスが広まれば、少しは危機感を感じるのではないかということだった。

それが、政策を前に進める「劇薬」になるのではないかと。


でも今は、その妄想がまちがいだったと感じる。

理由は、クズ中のクズのために病院のベッドが使われ、ドクターと他のスタッフという多くの貴重な人材を煩わせてしまう。

無策・愚策のために医療崩壊と日夜たたかっている人たちをさらに危険にさらしてしまうことになる。


感染しICU(集中治療室)にいるボリス・ジョンソン英首相が語っている。

「この病がいかに無差別かを思い知らされた。この恐ろしいウィルスに国境や地位、居場所は関係ない」と。


回復に向かっているとのことだが、はたしてアベに同じような気づきを期待できるかわからない。


では、どうすればいいのか?

名案はないけれど、少なくとも私たちができることは、要人の言動を憶えておくことだ。そしてなんとかコロナ禍を生き抜くことだ。

コロナウィルスという危機が、まともな人間かそうでないかをあぶり出してくれる。

次の選挙で、私たちが選ぶ大きな材料になるのだから。



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2020/04/02


新型コロナ感染の広がりを受け、休校の延長が提案されていますね。

勉強なんか必要ない、と言っているわけではありません。

勉強する目的・意味はなんなのかを意識しよう、ということです。


勉強の目的



テレビなど見ていると、学童をもつお母さんたちが不安を口々に言います。

「子どもが勉強しなくなるのが心配」

「学力が下がってしまうんじゃないか?」

「ストレスがたまってしまう」

などなど。


ストレスについて、このような事態では大人でも感じることなのでしかたのないことだと思います。親子で工夫のしどころですね。


特に多いのが、休校により勉強しなくなるとか、学力低下を心配する声です。

私は子を持つ親としては、それらにあまり賛同できません。

こういう時だからこそ、生き残るためには何が必要か、それはなぜ必要なのか、

など、親子で話し合う良い機会だと思うのです。

教育は、子どもが(親がいなくなっても)生き延びてゆけるヒントを授けるものだと考えます。そして、子どもたちみずから考え行動できるようにするのが教育の目的・意味だと信じます。


いま、生きるか死ぬかの危機的状況で、学力が…とか心配している場合ではないと思うのです。


そもそも教育の役目とは、戦時に国民を統率できるようにしたものだと思っています。読み書きから始めて、詰め込み教育を徹底してきました。

北欧や米国では、子どもたちに答えのない話題を議論させたり発表させるなどして、教師が生徒に考えさせて導いていきます。

日本はその意味で、大きく遅れをとっていると思います。


その結果、大人でもルールや指示がなければ動けないとか、動けても基準が損得であったり空気を読んだりだとかいう人は多いのではないでしょうか。


子どもたちのことを思うのならば、学校での学力を心配するよりも危機の時に生き残れる智恵を学びとる力を育みたいものです。家庭教育を発揮するときです。




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2020/04/01


というタイトルを見て、「工場の煙突!」とか思ってる読者はいないと思う。


これから書く内容は当たり前のことだけれど、その当たり前がわかっていない人も見受けられるので、あえて書かざるを得ない。


日々、新型コロナウィルスの感染者・死亡者が増えている。

2020年4月1日夕方時点で、感染者は80万人をゆうに超え、死者数は4万人超。

数字は毎日更新され、増え続ける。

コロナ感染
 


幸運にもコロナに汚染されていない人にとっては、この数字は単なる恐れの目安でしかないかもしれない。

でも、1増えるということは、死に怯える人がひとり増えたということであり、あるいはこの世を不幸にも去っていったひとりかもしれない。


また、無謀にも遊びまわる(飲み歩く)人たちが感染したとしても1増えるだけだけど、そのために懸命に治療にあたる医師や看護師など、5人や6人あるいはそれ以上の貴重な人材もリスクに晒すことになる。

その結果、彼らが診ていた(これから診る)救えたはずの命も救えなくなるかもしれないことを思うと、無謀な1のために10も100も犠牲にするかもしれない。


統計上は数字で表すしかないかもしれないけれど、その数字のもつ意味は当事者にとっては想像を超えて重いんじゃないかな。


例えば、感染者の死亡率は1%だ、2%だと言われても、実際に罹って死んだ本人にとってみれば、そんな数字に意味はない。

本人や家族にとっては、100%になってしまう。


「あたり一面」、とか「一帯」とかいうとき、「一」は一部ではなく全体を意味する。

もしあなたがコロナ感染者になってしまったら、統計上は単に1増えるだけかもしれないけれど、当事者にとっては今まで数十年生きてきた思い出や功績、これからの期待も含めて「すべて」が無になってしまうかもしれないのだ。


新型コロナウイルス は私たちに生きるか死ぬかの挑戦状を突きつけている。


英国でコロナで亡くなった21歳女性の遺族が言った。

「ウィルスが広がっているんじゃない。

 人がウィルスを広げているんです。」


ここで改めてことわざを思い出そう。

「天は自らを助るものを助く」



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