休職

2014/09/06


さすがにこれだけ休職を繰り返した後に、同じ職場に顔向け

できないと思っていた所に、かつての上司から救いの手が

差し出されたので、二つ返事でお言葉に甘えました。


戻った職場はみな気の知れた人たちばかりです。

しかし、彼らは元気な時の私しか知らないのです。



受け入れてくれた上司は、私の体調を気遣ってくれ、負担の

少ない仕事だけをくれました。それは私にとっては救いでした。


でも身体が重くひどく億劫なことには変わりなく、1時間机に

向かっているのが精一杯だったのです。


とにかく早く時間が過ぎて欲しい。

早く勤務時間が終わって欲しい。


それだけを考えて簡単な仕事をこなしていたのです。


本来ならそういう状態や心境などを医者と相談しながら、

処方を変えてもらうのが良かったのです。


そのためには、医者に何でも話せるだけの信頼関係が事前に

築かれていなければならなかったのだと思います。



しかしその前に、何より、


・病気について

・自分は今どんな状態なのか


をもっと知っておくべきだったと、振り返って痛感します。


でも、当時は自分の病名すら知らされていなかったので

致し方なかったのかも知れません。





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2014/09/04


3か月の休職(デイケア通い)を終え、一応会社に復帰は

しましたが、改善はほとんど感じられませんでした。

とにかく億劫(おっくう)でたまらないのです。


朝目覚めてから家を出、会社に行くことだけで精一杯でした。

通勤途中、


橋の上から身を投げてしまえばどんなに楽になるだろうか


と、何度も考えました。


結局復帰後2か月しかもたず、三たび休職することになって

しまいました。


後から考えれば、2度目の休職の時にしっかり入院すべき

だったのでしょうが、とにかく病識がないことに加え、

医者に対して平静を装っていたので、重症とは見抜けなかった

のかも知れません。


平静を保っていたのは、まだ医者を信じていなかったから

です。隙を見せれば、


裏社会へと追いやられる


と妄想により思い込んでいたのです。



今回は6か月の休職を言い渡されました。


その間、重い身体を引きずりクリニックに到着すると、デイ

ケアに参加する気力はすでになく、ただただ横になって

プログラムを傍観していました。無気力、無関心でした。


病状は良くならず、その状態を延々6か月も続ける事になり

ました。


結局期限を迎え、重い身体と億劫感のまま復帰するのです。





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2014/09/03


すったもんだの新婚旅行(前回記事、前々回記事)から帰国後、土産を配り仕事に戻りました。


当時の担当は名古屋のお客さまだったので、何かトラブると急遽

新幹線で東京から現地に駆けつけるということも幾度かありました。


そういう環境の中でしばらく経つと、また波がやってきました。

今まで落ち着いていた妄想が、出張中のあるトラブル会議の最中に

突然襲ってきたのです。


そうです。また会議の参加者らが隠語(または暗号)を使って会話

しているものと思えてしまったのです。

私はその場をなんとか凌ぎ、本社に持ち帰ったトラブルも対処しま

した。


しかし今度の再発は、隠語(暗号)を用いた意思疎通と、監視社会

を忘れかけていただけに、やはりそうだったのかという衝撃は

仕事を続けるにはあまりに大きいものでした。

そうして今回は、自ら休職を願い出ました。



約1年振りのデイケア通いとなりましたが、相変わらず懐かしい顔

がありました。

前回投薬を拒んだ時に先生から「再発するよ」と脅されていたので、

今度ばかりは薬を受け入れざるを得ませんでした。


薬を飲むと今まで敏感だった神経が鈍るような感覚でした。

デイケア参加者とも「隠語」「暗号」を交えず素で会話できました。


しかし感覚が鈍ると同時に、今まで四六時中張りつめていた緊張の

糸が切れたかのように、何もする気が起きなくなったのです。


プログラムに参加するのが精一杯の状態でした。

それどころか、電車に乗って通うことさえ億劫になってきました。



果たしてこの状態で復帰することができるのでしょうか?





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2014/08/28


このころになっても、異変の原因が自身で仮説を立てた3つの原因

どれかは特定できていませんでした。場合によっては、3つすべてが

原因かも知れないとさえ考えていました。


当時はまだ妄想という自覚(病識)はまったくなく、(関係妄想や

注察妄想という)現実のなかでどう行動してゆくべきかに四苦八苦

していました。



実は現実の社会は、当然のように盗聴器や隠しカメラが仕掛けられて

いて常に誰かに監視されているので、どこかの共産主義国のように自由に

発言・行動できない仕組みになっているのでは?


そして誰もがそれを知っているけれどそれをさとられないように、隠語を

もちいたりボディランゲージで対話を成立させているのでは?


と考えるようになっていました。


「壁に耳あり障子に目あり」とはこういうことだったのか、などと変に

解釈したりしました。



あるとき課長に、「少し休みを取った方がいいのでは?」と気を遣って

頂きました。きっと言動が不自然だったのでしょう。


今は亡き父に連れて行かれたのは、副都心のクリニックでした。

そこは精神疾患とアルコール中毒、それに老人性痴呆症を扱っていました。

アルコール中毒患者の中に、反社会的勢力の一人と思しき患者も見られ

たためか、ここは裏社会と通じているなと思い込んでいました。



院長の診察を受け、統合失調症を疑う質問(盗聴器が仕掛けられていると

思うか、テレビで自分の事を言っていると思うかなど)をいくつか訊かれ

ましたが、監視社会を公言すれば治療という名のどんな制裁を受けるか

恐怖だったので、すべて否定しました。


また、薬も拒否し自力で直す考えを宣言しました。


診断の結果、翌日から3か月の休職を命じられました。



そしてその間、デイケアという社会復帰訓練に朝から夕方まで通うことに

なったのです。





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