億劫

2014/09/16


億劫感、無気力、無関心、判断力欠如は依然続いています。


本来なら入院でしょうが、前回申し上げたような先生ですから、足しげく通わせる方が入院先を紹介するよりも、経営的には有利なのでしょう。うがった考え方かもしれませんが……。


そんな入院候補者が会社に通わなければならないのですから、精神的苦痛は健常者には想像できないでしょう。以前にも当ブログにて書きましたが、会社では1時間机に向かっているだけで精一杯なのです、私にとっては。


大目に見て下さっていた上司も、時間の経過とともにだんだん仕事の内容も難易度が上がってきます。

どうしても辛くなったときに、逃げ込む場所がありました。それはトイレの個室です。座って何も考えずただただ無になるのです。そのひとときが心を落ち着かせてくれました。


そんな話をクリニックの先生にすると、トイレに逃げ込むのはだれでもやっていることでしょう、と言います。えっ、そうなの? と思いました。


実際に私の隣の個室で、ケイタイ(当時はまだスマホが登場しておらずみなガラケーでした)のキーをカチカチやっている人や、時にはイビキをかいている人さえいました。なんだ、結構みんな好きなことやってるな。罪悪感を感じていた自分がばかみたいです。


そうは言ってもほとんどの人が真面目に仕事を淡々とこなしていることも事実です。そんな人の中で、負い目を感じながら、机ときどきトイレ場合により喫煙所を行ったり来たりしながら、仕事をなんとかこなしていくのでした。



本当に辛いときには、自分からお医者さんに入院の可能性を尋ねてみることも必要かも知れません。無理をすれば結果的に病気を長引かせてしまうかも知れないので。また、それほどでもないなら、逃げ場を決めておくことも大事なようです(お医者さん談)。




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2014/09/15


旧友の紹介で、築地の神経科に移りました。千葉に引越しして、通院が大変だったこともあります。


以前通っていた副都心にあるクリニックにくる患者さんたちに比べると、築地の方の患者さんたちは皆症状が軽いように思えました。


どこでも同じようなものだと思いますが、初回は時間をかけたとしても、次回からの診察は5分程度です。しかもここでは、初回の面談で詳しく話を聴いて下さったのは、医者ではなく看護師と思われる人でした。その看護師のメモを見て、先生に処方箋を書いて頂いたのです。


処方は最初のうちは多少変わりこそすれ、ほとんどずっと変わりませんでした。抗精神病薬のリスパダールとインプロメンに副作用止めのアキネトンの3種類です。


それで効果があったかというと、否と言うほかありません。一日中ぼーっとして、覇気がなくなりました。億劫感は相変わらずありましたし、無気力、無関心、無表情、そして決断力と判断力の欠如。


素人考えですが、リスパダールなどは急性期には効果的かも知れませんが、消耗期と思える私には不適切だったのではないでしょうか? でも当時は統合失調症に対する知識もそれほどなく、判断力も欠如していたため、医者から出される処方のまま素直に従っていたのでした。


それでも仕事はしなければならず、能率はあがるはずもありません。


次第にそれが常態化し、病気を治そうという気持ちも薄れていきました。本来なら、そういう状態を先生にお話しし、処方を変えて頂くのが良かったのだといまさらながら痛感します。


先生の方でも、私の話に対して真摯に向き合っていないようでした。というのも、あろうことか診察中にたびたび居眠りを始めてしまうのです。カルテに書き込んでいた字も、だんだんミミズが這ったような線になっていました。


その後も判断力・決断力の欠如から、医者を変えることなく通い続けて、取り戻せない時間を何年間も無為に過ごしてしまいました。


読者の方は、私と同じ轍(てつ)を踏まぬよう心からお祈り致します。要は、改善が見られなければまずは薬を変えてもらう、それを繰り返してもダメなら思い切って医者を変えてみることです。あとで触れるように薬が全てという訳ではありませんが……。




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2014/09/07


身体が重くひどく億劫なのは、通勤中・勤務中に限らず

休日も同様です。


土日になるたび、妻はショッピングに私を誘い出しました。

妻にとってはショッピングがささやかな楽しみでもあり、

息抜きでもあったようです。


私はというと、せめて休みくらい一日中横になっていたい

のですが、渋々それに付き合っていました。


買い物中も、彼女にとってはあれやこれやをふたりで相談

しながら品定めしたかったに違いないのですが、こちらは

一刻も早く帰って寝たいがために上の空です。


今から思えば寂しい思いをさせてしまったと申し訳なく思い

ますが、自分ではどうしようもなかったのですから、ふたり

にとって悲劇でした。



帰宅するとすぐに私は横になりました。

一度横になると起き上がれないような有様でした。


それはまるで、重力に逆らえないほど自分が虚弱になったか、

あるいは目に見えない巨人の足に踏みつぶされているか、

あるいはまた身体から根がはえたかのようでした。



当然日常の生活にも支障が来たします。

朝、目が覚めてもなかなか着替えられなかったり、トイレ

に行くのも億劫でギリギリまで我慢したり、風呂に入るのも

苦痛で仕方なかったりします。


病名も知らなかったせいで、これが病気によるものだとは

判別できず、自分を怠け者だと責めたりもしました。


妻の立場なら、なおさらのこと怠惰だと感じていたかも

知れません。


このとき妻のストレスは彼女を少しづつ蝕んでいたのです。





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2014/09/06


さすがにこれだけ休職を繰り返した後に、同じ職場に顔向け

できないと思っていた所に、かつての上司から救いの手が

差し出されたので、二つ返事でお言葉に甘えました。


戻った職場はみな気の知れた人たちばかりです。

しかし、彼らは元気な時の私しか知らないのです。



受け入れてくれた上司は、私の体調を気遣ってくれ、負担の

少ない仕事だけをくれました。それは私にとっては救いでした。


でも身体が重くひどく億劫なことには変わりなく、1時間机に

向かっているのが精一杯だったのです。


とにかく早く時間が過ぎて欲しい。

早く勤務時間が終わって欲しい。


それだけを考えて簡単な仕事をこなしていたのです。


本来ならそういう状態や心境などを医者と相談しながら、

処方を変えてもらうのが良かったのです。


そのためには、医者に何でも話せるだけの信頼関係が事前に

築かれていなければならなかったのだと思います。



しかしその前に、何より、


・病気について

・自分は今どんな状態なのか


をもっと知っておくべきだったと、振り返って痛感します。


でも、当時は自分の病名すら知らされていなかったので

致し方なかったのかも知れません。





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2014/09/04


3か月の休職(デイケア通い)を終え、一応会社に復帰は

しましたが、改善はほとんど感じられませんでした。

とにかく億劫(おっくう)でたまらないのです。


朝目覚めてから家を出、会社に行くことだけで精一杯でした。

通勤途中、


橋の上から身を投げてしまえばどんなに楽になるだろうか


と、何度も考えました。


結局復帰後2か月しかもたず、三たび休職することになって

しまいました。


後から考えれば、2度目の休職の時にしっかり入院すべき

だったのでしょうが、とにかく病識がないことに加え、

医者に対して平静を装っていたので、重症とは見抜けなかった

のかも知れません。


平静を保っていたのは、まだ医者を信じていなかったから

です。隙を見せれば、


裏社会へと追いやられる


と妄想により思い込んでいたのです。



今回は6か月の休職を言い渡されました。


その間、重い身体を引きずりクリニックに到着すると、デイ

ケアに参加する気力はすでになく、ただただ横になって

プログラムを傍観していました。無気力、無関心でした。


病状は良くならず、その状態を延々6か月も続ける事になり

ました。


結局期限を迎え、重い身体と億劫感のまま復帰するのです。





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