2014/11/27


今回のお話は、二度目の入院を終えて退院した後の出来事です。


(話がここのところ前後致しまして済みません。

当初は、統合失調症を発症してから現在に至るまでを、時間の

経過と共にお伝えしながら、所々に統合失調症にまつわる小ネタ

を<補足>として交えるつもりでおりました。

が、いかんせん昔の話からさかのぼる訳でして、お伝えしそびれて

いる話も後になって思い出すのです。

初めからお読み下さっている方には、読みづらいこととお察しますが、

どうかお許し下さい。)


退院したとは言え、会社へ通うことを考えると憂鬱で仕方なかった

頃です。金曜日の夕方が一番嬉しかったことを覚えています。



ある日の土曜日に、久し振りに家族3人でショッピングセンターに

買物に行きました。


それまでは、私の気力が耐えられなかったので、自分の物を買った

後は先に帰宅してしまいました。

それもマシな方で、外出自体が苦痛なため、ひとり留守番すること

も当たり前になっていました。


ところが、その土曜日は妻や子供の買物に付き合うことも辛うじて

できたのでした。

買物を終え、ファストフード店で一休みしていた時でした。

私と子供が何かの話で笑い合っていると、妻が目を赤くし涙をこらえ

ているのが分かりました。


涙の訳を訊くと、嬉しくて泣いていると言うのです。

家族3人揃って買物をする、3人揃ってお茶をしながら談笑する

という、当たり前の事がとても嬉しいと。


それを聴いた私は、入院前も入院中もどれだけ妻に寂しい想いを

させてきたかを、また、いままでなんと自分本位であったかを、

悔みました。



ありきたりな言い方ですが、幸せは手の届く所にあるということ、

当たり前のことが実は貴重なんだと、改めて痛感しました。




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2014/11/21


今回も義理の両親にクルマで旅行に連れて行ってもらった時の話。


5人で日光江戸村に行きました。


私にとって何年ぶりでしょうか、以前にも来たことがあります。

たしか大学生時代に塾のバイトの先生たち(と言ってもみな学生)

と小雨の降る中、見て回ったのを覚えています。


今回は、学生時代の時には見なかった芝居を芝居小屋で見ました。

入口で紙片を渡され、何なのだろうと思いながら中に入ると、

空席が少なく、5人一緒に見ることはできません。


私は子供と並んで忍者たちの殺陣(たて)を見ていました。

子供が紙片を持って、これな~に? と訊いてくると、座席近くの

年配夫婦が、ジェスチャーを交えて教えて下さいました。

(あ~これが、おひねりっていうものか)と合点しました。


芝居が終わる前に子供に小銭を渡して包ませました。

終わると同時に、観客席から一斉におりねりが投げられました。

私たちも舞台目がけて投げ入れました。これが初のおひねり体験

でした。


芝居小屋を出ると5人が合流し、昼食を摂るために店を探しました。


なかなか決りそうもないので、私の独断でここにしよう、と先導

しました。

店内を入ると天井の梁は煤で燻されたようになっていました。

先客がいましたが、子供が一番奥の空いている座席に向かって、

小走りして行きました。年季の入った大きな木製のテーブルです。


子供が両手でテーブルのふちを掴んで座ろうとした時、義母が

「ばっちい、ばっちいよ!」と注意したのです。


私は瞬時に、店の主人の気持ちを悟って居たたまれない気持ちに

なり、すぐに「大丈夫だよ、大丈夫だから。」と訂正しました。

背中に店員と先客の視線を感じながら……。


奇麗好きな義母と妻の2人は店内の清潔さに疑問を抱いていた

らしいのです。

ちょっとしたものしか注文しないので、私は店員に対する信頼を

表すため色々と注文し平らげました。


なんだか、板挟みになったようで居心地がよくありませんでした。

また「ナントカ妄想」が始まってしまいそうでした。


義母も妻も、私の気持ちを察してくれるとありがたいのですが。




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2014/11/20


妻のご両親は我が家に子供ができてから、よく来訪してくれます。

義理の両親にとっては、初孫なので可愛くてしょうがないようです。

こちらから顔を見せに行くのは、正月くらいなので恐縮しています。


そして、クルマでいろいろな場所に連れて行ってもくれます。

我が家にクルマはなく、妻も私もペーパードライバーなので、

レンタカーすら運転する機会もないのです。

家族だけで出掛けるときは、もっぱら電車です。


また、私の精神疾患について(統合失調症であることはご存知ない

と思います)は、ご心配もおかけしており申し訳なく思っています。



今からかれこれ十年以上も前のこと。

とあるビール工場へ連れて行ってもらった時のことです。


どこのビール工場だったか、ちょっと思い出せません。

私の特技は、過去に旅行に行った場所を忘れてしまうことなのです。

地理や道に詳しくないことが関係しているかも知れません。

入口に機会仕掛けの大きなオブジェが動いていたのは覚えています。


工場に到着し、駐車場にクルマを止めると、各自降り始めました。

当時2~3歳の子供が、地面に座り込んだか、尻餅をついたかした時、

妻が「まぁ、服が汚れちゃうじゃない!」と言うと、妻の母親も同様

のことを口にしました。


私は、訳も分からず着せ替え人形にされている我が子が可哀想になり、

妻に対して思わず言い返していました。

「それは大人の都合でしょ、子供は汚すのが仕事なんだから、

汚して欲しくなければそれなりの格好をさせればいいじゃん。」


それに対して何と言われたかは覚えていませんが、私は間違って

いなかったと今でも信じています。


たとえ精神疾患(統合失調症)を抱えていたとしても、普通の感覚

あるいは子供への愛情は失くしたくないと思います。




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2014/11/18


前回に引き続き、今回も妄想激しきデイケア通いの頃の話です。

(デイケアについては「012 デイケアというもの」参照のこと。)


デイケアには通算1年ほど通いました。

1回目は3か月間、病識なく投薬も拒絶して通う。

2回目も3か月間、服薬するも時に気力だけで通う。

3回目は6か月間、通うだけで精一杯、横になり続ける。


今回のお話はたしか2回目の時に起こったことだと思います。


ある日デイケアの1日を終え、会計をしている所で、看護師さん

からお薬を渡されました。「もし、どうしても辛かったらこれ

飲んでから寝て下さいね。」と言って。

どういう薬なのか、説明はされませんでしたが、長細く白い錠剤と

丸く大きなピンク色の錠剤の2錠でした。(今から振り返れば、

ベンザリンとウィンタミンか何かではないかと思っていますが。)


私はこの時、婚約中のカノジョ(現妻)との心配をして下さったの

だと、勝手な妄想をしていました。思わず表情が緩んだのを看護師

さんが見てとり、「分かりますか? この2つを飲んで寝るんです

よ。」と繰り返します。


すでに妄想が膨らんでいた私は、最寄りの駅に着くといつもと違う

方向の電車に乗りました。どこからか、カノジョのウチに向かえ、

と命じられている感じでした。「033 スパイがあちこち」でお伝え

したように、何らかのしぐさを何かのサインと意味付けて、訳も

分からず電車の乗り換えを繰り返していました。


カノジョの住むマンションに着くと、当然ながらカノジョがいるはず

はありません。平日の昼間~夕方なのですから仕事に出ています。


落胆してマンションを出ると再び電車に乗り、また人の何気ない

動作を指示と捉え乗り換えを繰り返します。


気がつくと、長い間眠っていた自分がシートに座っています。

今にして思えば、6時間以上は電車に揺られていたはずです。

終電が終着駅に着いていたのですが、何と「京成成田」にいました。

折り返しの電車は既に終わっています。

仕方なく改札を出ようと清算すると、残ったのはたったの1円。

これも何かを暗示しているのだろうか? と思いました。


当時デイケアに通っていた頃は、余計なお金は持ち歩かないように

言われており、それを守っていたのです。


成田駅に1人残され、私は国外に出るよう導かれているのかと感じ

ましたが、成田空港駅ではないし、お金もないので当然叶いません。


幸い、テレカ(公衆電話で使用可能なテレホンカードのこと)の

残高が残っており、実家の妹に電話し迎えにきてもらいました。

(当時スマホはおろかケータイもまだ存在していません。)

「どうしてそんなとこいるの?」

「いや、自分でも分からないんだ、居眠りしてしまい気がついたら

ここにいた。」

「すぐ迎えにいくからしばらく待ってて。」


妹のクルマが到着するまでの間、2時間ほど待ったでしょうか。

永遠の長さに感じたのを覚えています。


その間時々、近くの線路沿いの警報機がカンカン鳴り響き、貨物列車が

通過しました。カンカンの音には何かに急き立てられている気になり、

気が狂いそうになりました。


しばらくして妹のクルマが到着し、拾ってもらって無事帰宅しました。


床に就く前に、昼間渡された薬を2錠飲んで泥のように眠りました。




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2014/11/07


現在、私はウチに引きこもっています。通院と小用以外は。


そして妻は朝から夕(時に21時過ぎ)までパートに、

子供は当然ながら学校に行っているので、ほぼ1日ひとりでいる

ことになります。



引きこもりが、果たして統合失調症の治療に良いか否かは分かり

ませんが、少なくとも余計な刺激やノイズがない分、陽性症状は

あまり出ません。


その代わり、刺激やノイズに耐性がないためか、たまに外出する

と、今でも注察妄想や関係妄想が起きることがあります。



夕方になると子供が帰宅し、しばらくすると妻が帰ってきます。


子供の様子を見に子供部屋に行くことは、最小限にしています。

「監視されているようでイヤだ」と言われるからです。

でも、その言葉を発するのは、受験勉強をしていないことを示唆

しているのです。

親ばかりがヤキモキしていても、子供は受験が他人事のようで、

勉強に身が入らないのです。

部活も夏休みで終わり、自分の時間が増えたはずですが、帰宅途中

友達と長話をしているようで、帰宅時刻は部活の頃と変わりません。

また、何かについて約束したそばから守らないので、精神的な異常

か何かがあるのではと心配しています。

精神疾患は遺伝によるものではない、と言いますが。


妻が帰ると、毎日のように仕事のグチを延々こぼします。

でもグチをこぼさない日の方が疲れがピークに達している時です。

私は聞き役になります。時に味方になり、時に中立の立場から

意見を伝えたりします。

一度、「帰ってきたら、その日の可笑しかったことを1つ言って

みて」と提案したことがありますが、叶っていません。


大変そうな仕事場の話(使えない学生たち、二枚舌の娘、信頼

していた人の裏切り、その他過酷な労働環境など)を聞くたびに、

とても私が再び外で働くのは無理そうだという不安が確信になります。


私の診察日と妻の休日が重なった時などは、私が病院から余り

早く帰ってくると、「もう帰ってきちゃったの? もう少し

ひとりの時間がほしいのに」と言われてしまいます。



人は支え合って生きている、と言われますが、私は誰を支えて

いるのでしょう?


「オレが先に死ぬから後はヨロシクね」と言うと、「先に逝かれ

たら困る」と言われます。少しは支えになっているのでしょうか。




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