「バカとハサミは使いよう」
「『妄想』も考えようによっては『最強ツール』」?
これで何を言わんとしているか想像できるかたは、これより先は読む必要はないかと思います。
私はことば足らずだと言われることがあり、それを補おうとすると逆に冗長的になってしまう、そんな自分の文章が好きではありません。
でも、冒頭の短文で済んでしまうのなら、Twitterでつぶやけばいいだけの話。
それではブログになりませんから、あるていどお話しすることにします。
「バカとハサミは使いよう」のことわざはご存知ですよね?
妄想は統失発症者にしてみれば、二度とごめんだと思うのは当然。
でも実際は健常者であっても「妄想」を抱いていると考えます。
要はていど問題なのです。
コロナによる緊急事態宣言で外出を控える人が大半だと思いますが、人恋しさからSNSや電話で連絡をとりあうのは健常者も統失者も同じこと。
外出は激減し、たまに出るていどというのが多くの人だと思います。
(私自身はひと月に数えるていどしかうちから出ません。)
つまり、リアルの世界はほんの一部しか体験していません。
だって、コロナが怖いといってもこの目で感染患者を見たわけでもなく、コロナ病院内の戦時さながらの様子を直接 目にしたわけでもないのです。
友だちや親類が無事に暮らしている様子も、対面で知ったわけではありません。
かぎられた音声や映像をとおして現実だと認識しています。
私たちはみな、体温や吐息を感じなくても 想像=妄想 をはたらかせて、家族や社会や世界を感じています。
つまりはそういうことです。
私たちがリアルだと言っているものは、想像=妄想 からできあがったストーリーであって、このストーリー展開の振れ幅が大きすぎたり奇想天外に思われる場合に、統合失調症だと診断されるのだと思います。
大きく外れたストーリーを軌道修正できる人が健常者と呼ばれるのでしょう。
逆にいえば、健常者でもささいな関係妄想や注察妄想のような感覚は一時的にはあるんじゃないかと思います。
自分は盗聴されているかも? とうたがって実際に盗聴器が見つかればそれは妄想ではなくなります。
だから、妄想(現実)はときに危険をいちはやく察知できる可能性もあります。
(ただし陽性症状にくるしむ統失患者にとってむずかしいのが、妄想(ストーリー)の軌道修正なのだろうと痛感します。)
だから強調します、ほどほどの「妄想」は必要なのではないかと。
「妄想」を全否定するのはまちがいかも?
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